50年前のデビューと地元のラジオ番組
ユーミンさんは、デビューしたばかりの50年ほど前、地元のラジオ番組に出演していました。
プロデューサーと一緒に県内各地を巡ったといいます。
3月には、地震後初めて被災地を訪れました。
若いころに訪れたことのある内灘町。
液状化の被害で道路や住宅に大きな影響が出ています。
内灘町には、ユーミンさんの思い出の風景があります。
それは町の至る所に植えられたニセアカシアです。
この歌は、かつて内灘町を訪れたときに、花を見て感動して作った曲です。
2001年に発売されたアルバムに収められています。
チャリティシングルと石川への深い思い
この曲は、改めて5月にチャリティシングルとして発売されました。
売上金のほとんどは被災地に寄付されます。
ミュージックビデオには、能登にある小学校や神社なども描かれています。
ユーミンさんは、能登町で行われた伝統のお祭りも訪れました。
これからも石川と関わり続けていきたいという思いからです。
復興への希望について、懐かしいということばを使って語りました。
ユーミンさん、歌に対してもですけど、復興への考え方にしても、いずれも受け取る人がどう感じるのかですとか、一人一人の気持ちの細部、ディティールを想像されることを大事にしているような気がしまして、はっきりした歌詞とかことば、見えるもので伝えるというよりは、そうした空気感でふわっと包んでくれる、だからこそ居心地のよさを感じるのかもしれませんね。
取材を終えたときに、ユーミンさん、もちろん復興の道のりが長くて厳しいということは重々承知で、本当はことばを発するのも複雑なんだというふうにつぶやいていたんですよね。
でも、50年、石川のたくさんの人とつきあってきたからこそ、彼らの強さを知っている、懐かしい笑顔とか、花とか、風を道しるべに、一歩ずつ歩む人たちなんだというふうにおっしゃっていたんですね。
その姿をずっと支えますというまなざしに強い決意を感じました。



